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東京地方裁判所 平成5年(合わ)176号 判決

主文

1  被告人有限会社甲野を罰金五〇万円に、被告人A及び被告人Bを、いずれも、懲役二年に各処する。

2  被告人Bに対し、この裁判確定の日から三年間その刑の執行を猶予する。

理由

(認定事実)

被告人有限会社甲野(以下、単に「被告人会社」という。)は、東京都新宿区《番地略》ビル一階に事務所を設けて芸能プロダクションを経営するもの、被告人A’ことAは、被告人会社取締役、被告人B’ことBは、被告人会社チーフマネージャーであるが、被告人A’ことA及び被告人B’ことBは、いずれも被告人会社の業務に関し、

第一  被告人会社のスカウトマンC’ことCと共謀の上、平成四年七月三一日ころ、アダルトビデオ映画の製作等を業とする株式会社乙山に対し、同会社がアダルトビデオ映画を製作するに際し、出演女優をして男優を相手に性交及び口淫等の性戯をさせることを知りながら、被告人会社が雇用した労働者であるD子(昭和四八年七月二四日生)をアダルトビデオ映画の女優として派遣し、静岡県富士宮市《番地略》の元丙川酪農組合牧場跡地等において、右株式会社乙山のビデオ映画監督であるEの指揮命令のもとに同会社のために同女をアダルトビデオ映画の女優として稼働させ

第二  共謀の上、平成五年四月二六日ころ、アダルトビデオ映画の製作等を業とする丁原ビデオ株式会社に対し、同会社がアダルトビデオ映画を製作するに際し、出演女優をして男優を相手に口淫等の性戯をさせることを知りながら、被告人会社が雇用した労働者であるF子(昭和四六年一〇月一三日生)をアダルトビデオ映画の女優として派遣し、東京都世田谷区《番地略》戊田スタジオ等において、右丁原ビデオ株式会社から映画撮影の依頼を受けたビデオ映画監督であるGの指揮命令のもとに同会社のために同女をアダルトビデオ映画の女優として稼働させ

第三  共謀の上、同月二八日ころ、アダルトビデオ映画の製作等を業とする有限会社甲田商店に対し、同会社がアダルトビデオ映画を製作するに際し、出演女優をして男優を相手に性交及び口淫等の性戯をさせることを知りながら、被告人会社が雇用した労働者であるH子(昭和四八年五月一日生)をアダルトビデオ映画の女優として派遣し、山梨県《番地略》貸スタジオ乙野等において、右有限会社甲田商店から映画撮影の依頼を受けたビデオ映画監督であるIの指揮命令のもとに同会社のために同女をアダルトビデオ映画の女優として稼働させ

もつて、それぞれ、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をしたものである。

(証拠の標目)《略》

(弁護人の主張について)

一  弁護人の主たる主張は、〈1〉アダルトビデオへの出演行為は「公衆道徳上有害な業務」に該当しない、〈2〉アダルトビデオ製作のために労働者を派遣する行為を処罰の対象とすることは、憲法二一条に違反する、〈3〉被告人A及び同Bは、「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」を有していなかつた、というものであり、弁護人は、これらのことを理由として、被告人らは無罪である旨主張するので、当裁判所の判断を示す。

二  弁護人は、先ず、派遣労働者らが出演したアダルトビデオは、日本ビデオ倫理協会の審査を経た上、満一八歳未満の者への映示・貸出・販売を禁止するとの制限を付けて、一般の書店においても販売等されるものであり、作品内容においても、観賞者が嫌悪感・不快感を抱くものが除外され、また、販売方法等においても、青少年の健全な育成への影響も考慮されているのであるから、このようなアダルトビデオへの出演行為は「公衆道徳上有害な業務」に該当しないと主張する。

1  労働者派遣法は、労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等を図ることにより、派遣労働者の雇用の安定その他福祉の増進に資することを目的とするもので(同法一条)、労働者保護立法としての色彩も有するものである。労働者派遣法五八条の規定は、労働者派遣が労働者供給の一形態であることにかんがみ、職業安定法六三条二号が処罰の対象としている行為のうち、同号所定の有害業務に就かせる目的で労働者派遣をする行為については、労働者派遣法において、同様に禁止し、処罰することとしたものと解される。すなわち、労働者派遣法五八条の規定は、同条所定の有害業務に就かせる目的で労働者派遣をすることを禁止することにより、その業務の存立を困難ならしめるとともに、派遣労働者一般の保護を図ることを目的としたものと解される。労働者派遣法五八条の趣旨・目的が右のとおりであるから、同条にいう「公衆道徳上有害な業務」に該当するかどうかは、派遣労働者の従事する業務内容自体から判断すべきであつて、派遣労働者の従事する業務から作り出された結果(本件においては、製作発表されたビデオ映画)によつて判断すべきではないことは、いうまでもない。このことは、例えば、女子労働者の深夜労働禁止の規定に違反して女子労働者を使用した場合に、それにより社会的に何ら問題のない有用な製品が作られたとしても、そのことによつて使用者について女子労働者深夜労働禁止違反の罪の成立が阻却されるものでないことを考えれば、明らかである。

したがつて、製作発表されたビデオテープ自体から公衆道徳上の有害性があるか否かを判断すべきであるとの弁護人の主張は、到底採用することができない。

2  そこで、次に、本件における派遣労働者の従事する業務内容についてみると、派遣労働者である女優は、アダルトビデオ映画の出演女優として、あてがわれた男優を相手に、被写体として性交あるいは口淫等の性戯の場面を露骨に演じ、その場面が撮影されるのを業務内容とするものである。右のような業務は、社会共同生活において守られるべき性道徳を著しく害するものというべきであり、ひいては、派遣労働者一般の福祉を害することになるから、右業務が、「公衆道徳上有害な業務」にあたることに疑いの余地はない。そして、労働者派遣法五八条の規定は、前述のように、労働者一般を保護することを目的とするものであるから、右業務に就くことについて個々の派遣労働者の希望ないし承諾があつたとしても、犯罪の成否に何ら影響がないというべきである。

弁護人は、性交ないし性戯自体は人間の根源的な欲求に根ざすものであるから「有害」でないと主張するけれども、性交あるいは口淫等の性戯を、派遣労働者がその業務の内容として、男優相手に被写体として行う場合と、愛し合う者同士が人目のないところで行う場合とを同一に論じることができないことは、明らかであり、この点の弁護人の主張もまた採用することができない。

三  さらに、弁護人は、アダルトビデオ製作のために労働者を派遣する行為を処罰の対象とすることは、憲法二一条に違反する旨主張する。

被告人Aは、当公判廷において、アダルトビデオ映画に女優を派遣することにより、アダルトビデオ映画という表現活動に参加するという意識はなかつた旨供述しているところであり、憲法二一条違反の主張をなし得る主張適格があるかどうか自体が疑問であるが、労働者派遣法五八条の規定は、前記のとおり、有害業務への労働者派遣を禁止することにより、その業務の存立を困難ならしめ、派遣労働者一般の保護を図ることを目的としたものであつて、派遣労働者一般を保護するために必要な、合理的、且つやむを得ない規制であると認められるから、このことによつて、表現活動に制約が加わつたとしても、それはまさしく公共の福祉による制約であつて、憲法二一条に違反するものではない。

弁護人のこの点に関する主張も理由がない。

四  弁護人は、被告人A及び同Bは、派遣労働者がアダルトビデオに出演し、性交あるいは性交類似行為を行うことは認識していたが、右業務が有害であるとの認識はなく、また「公衆道徳上有害な業務に就かせる目的」も欠いていた旨を主張する。

しかしながら、関係各証拠によれば、被告人A及び同Bは、各労働者を派遣するに当たり、判示のとおり、派遣を受けた会社がアダルトビデオ映画を製作するに際し、派遣労働者である女優をして男優を相手に性交ないし口淫等の性戯をさせることを知りながら、その演技をさせるために労働者を派遣していたと認められるから、被告人A及び同Bに公衆道徳上有害な業務に就かせる目的があつたと認めるに十分である。弁護人の主張は、結局被告人A及び同Bは法律上の意味を理解していなかつたというにすぎず、この点に関する弁護人の主張も理由がない。

(法令の適用)

被告人会社の判示各行為は、いずれも、労働者派遣法六二条、刑法六〇条、労働者派遣法五八条に該当する。

被告人A及び同Bの判示各行為は、いずれも、刑法六〇条、労働者派遣法五八条に該当するので、いずれも、所定刑中懲役刑を選択する。

以上の各罪は、いずれも、刑法四五条前段により併合罪であるから、被告人会社については、同法四八条二項により判示の各罪所定の罰金額を合算し、被告人A及び同Bについては、同法四七条本文、一〇条により、いずれも、犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、その金額及び刑期の範囲内で、各被告人をそれぞれ主文1の刑に処する。

主文2につき、刑法二五条一項。

(量刑について)

本件は、被告人会社代表者の被告人A、被告人会社チーフマネージャーの被告人Bの両名が、共謀の上、いずれも被告人会社の業務に関し、いわゆるアダルトビデオ映画製作会社が出演女優をして男優を相手に性交ないしは口淫等の性戯をさせることを十分に知りながら、雇用労働者である女性三名を右製作会社に派遣し、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的で労働者派遣をしたという事案である。欲得に囚われた犯行の動機に酌むべき点は全くなく、遅くとも被告人会社設立の平成三年一〇月ころから、スカウトマンが街頭で声を掛けるなどした若い女性を雇用した上、アダルトビデオ映画製作会社に次々に派遣する行為を重ねてきたものであつて、たとえ雇用労働者が進んで希望した場合があつたにせよ、若い女性を有害業務に就かせ、継続的、営業的に不法な利益を稼ぎまくつていたことも窺われ、その犯情は極めて悪質で、厳しく咎められなければならない。

右のような情状に照らすと、被告人会社に対し、主文1掲記の罰金を科することはやむを得ないものと考える。

次に、被告人Aは、昭和六三年四月、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的でアダルトビデオ映画製作会社に職業紹介をしたという、本件と同様の事犯により、懲役二年・執行猶予三年に処せられ、本件のような行為が犯罪として厳しく処罰されるものであることを身をもつて知つたにもかかわらず、右猶予期間経過後間もなく被告人会社を設立した上、安易に同種の本件各犯行に及んでいるが、その業務内容自体、公衆道徳上有害な業務に就かせる目的での労働者派遣をその実態とするものであつたと認められるのであり、過去の犯行への一片の反省すら看取することのできない行為というほかはなく、加えて、当公判廷において十分に反省しているものとは認められないことなどに照らすと、その刑事責任は非常に重く、強く非難されなければならない。

そうすると、他面において、被告人会社が閉鎖されたこと、雇用した女性から大きな苦情は出ていないこと、妻と幼い子供のため今後とも一家の支柱として生活を維持していく責任があることなどの、被告人Aに有利な斟酌すべき事情も存するが、これら諸事情を十分に併せ考慮したとしても、被告人Aを主文1掲記の実刑に処することはやむを得ない。

他方、被告人Bも、被告人Aの前示前科を知りながら本件各犯行に加担し、その利得に与かつていたもので、やはり、その刑事責任は軽視することができないが、他面、一般の前科前歴がないこと、被告人Aとの関係においては、あくまでも同人の部下たる地位に止まり、本件各犯行においても従属的役割を果たしたにすぎないと認められること、当公判廷において二度と同じ職業に就かない旨を誓い、今後は真面目に頑張つていきたい意向を示していることなど、被告人Bに有利に斟酌すべき事情も存するので、これら諸事情を十分に併せ考慮し、被告人Bに対し、主文1掲記の刑を科するとともに、今回に限り、その刑の執行を猶予し、社会内において更生する機会を与えることとした(求刑 被告人会社につき罰金五〇万円、被告人Aにつき懲役三年、被告人Bにつき懲役二年)。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 堀篭幸男 裁判官 田島清茂 裁判官 丹羽敏彦)

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